★ 第1話 トロンプ・ルイユがみせる夢は ★
クリエイター竜城英理(wwpx4614)
管理番号341-1520 オファー日2007-12-26(水) 19:47
オファーPC 真山 壱(cdye1764) ムービーファン 男 30歳 手品師 兼 怪盗
<ノベル>

 計算された美しい庭に、年月を経て緑に調和するカントリーハウス。
 いつもは闇に静かに溶け込んで、風景の一部となっているが、今日は主が催すパーティで灯がともされていた。
 闇に漏れるのは幻想的な光のダンス。
 王室主催のパーティながら、都心部を離れたこの場所で催すのは、注目を避ける為だ。
 行動のひとつひとつに注目を集める王族が、たわないのない話をしても誰もとがめることのない私的な屋敷は、衆目を浴びる立場の者にとっては、まさにオアシス。
 車寄せから屋内へと足を踏み入れ、次々と到着を告げる家令に案内されながら、目にするのは、見事な調度品や絵画。
 それらに目を奪われ、来歴に耳を傾ける。
 そして、遊戯室でカードやビリヤードを楽しむ。
 パーティが開始されるまでの間、談笑をする招待客達。
 壁面や天井は歴史に名を残す画家の絵が描かれ、照らす灯は、煌びやかなクリスタルのシャンデリア。
 その下に居るのは主に招待された客と、今日のメインゲストである一人の手品師。
 紺の天鵞絨のクロスが掛けられたテーブルの前に立っている真山壱は、迷いのない動作で、同じ枚数の赤と黒のカードを観衆に見せる。
 アーモンド色の肌に灰色の髪、双眸は煌めくルビーの赤。
 細身の身体から発する声は、柔らかな声。
 けれど、今、この場を支配するのはこの声だ。
「皆様、よくご覧になって下さい。赤のカードは水を、黒のカードは油を表しています」
 そう説明すると、壱はにこやかな表情で、カードを混ぜ合わせていく。
 だが、クロスの上で混ぜ合わされる黒と赤のカードに変化が現れた。
「まぁ!」
 扇子で口元を隠しながら、貴婦人が驚きの声を上げる。
 驚くのは無理もない。
 何気なくかき混ぜているように見えるのに、赤と黒のカードが自然に分かれて、まるで水と油のように分離して行くのだ。
 ひとつ、またひとつと驚きを与え、観客に夢を与えるマジックが最後、壱の手の中から繰り出される。
 扇形に開いたカードに、空中から一枚、二枚と、数を増やし、カードが観客の頭上に降り注いで行く。
 ドレスや手に落ちてくると思ったカード達は、扇形にカードを広げて持っている壱の元へと、子供が親の元へ戻るように、ひらりひらりと収まっていくのだ。
 仕掛けも何もする暇などは無かった事を主催者が告げ、壱は盛大な拍手と共に労を労われたのだった。
 壱は今日の仕事は終わったと、広間の壁際に立ち、会場を見渡す。
 ふと外へと目をやれば、目立たぬ様に警備の者が立っているのが見えた。
(美術館……いや、ここはそれほど大きくないかな。昔のアートギャラリーのようだ。そのせいか、なかなか古くさい警備だけど、見た限り置いている物は良い。これだけ人がいれば紛れるのも容易い……かな)
 こくりと、フルートグラスに満たされたシャンパンを飲み干し、今夜の計画を立てる。
「良い月夜だ」
 屋敷を見下ろす満月にグラスを掲げた。
 成功を信じて。
 次の仕事があるからと、惜しむ声を背にして、壱は屋敷を後にする。
 頭の中は、叩き込んだ邸内の見取り図を展開している。
 壱は何処に警備の穴があるか瞬時に判断し、見送りの者の姿が消えたとたん、行動を開始した。

+++

 ひとり、またひとりと宿泊する部屋へと足を向ける客の姿が途絶えてきたころ、壱は闇に紛れ、人の気配のないアートギャラリーへと足を運んでいた。
 ときおり廊下をゆく者がいるが、遊戯室で夜通し遊ぶのだろう。
 壱はそれらを静かに見送り、目立たないよう設置されている監視カメラをかいくぐり、扉の前に立つ。
(お邪魔しますよ)
 心の中で思わず呟く。
 鍵は建築当時のままなのか、解錠は容易かった。
 出来るだけ音を立てないように、そっと身を潜り込ませる。
 闇に慣れた目が、室内を見通す。
 はなから絵画は除外している壱が狙うのは、アンティークジュエリー。
 時を経てもなお輝く宝石は、身を輝かせるのを趣味とする好事家が好む一品だ。何より、持ち運びが容易なのが一番の理由だった。
 彫像や絵画、オルゴールといった移動に適さないものが多かったが、それだけに置いてある宝石は一級品だった。
 いただく品物をそっと天鵞絨の袋へと放り込み、扉へと足を向ける。
 だが。
 壱の耳は此方へと向かってくる足音を捕らえていた。
(ふむ……、私としたことが、見落としがあったようですね)
 内心の言葉と裏腹に、慌てた様子もなく、扉のノブに手をかける。
 足音のタイミングに合わせて、扉を開けると同時に、手に持った銅像をおとりに使い、窓へ2方向に投げ、ガラスを割る。
 そして、派手に割った方へと注意が向いている間に、壱はマントに仕込んである紐を引く。
 カイトのように、形を変えたマントで壱は空へと飛び立つ。
 満月に照らされ、黒いカイトが飛ぶ。
 風の流れに乗るべく、軌道を修正し、上手く風に乗れる、と思った瞬間。
 カイトに穴が開く。
 確保できれば生死は問わないのか、続けて発砲してくる。
(ご丁寧に、王室警察ですか……!)
 パーティの間は姿さえ無かったというのに。
(こんな所で捕まる……わけには……っ)
 壱は身体から流れる血と痛みで朦朧となりながら、迫る森の影へと飛び込んだ。

+++

「あっ、目が覚めた! 先生ー、お兄ちゃん目が覚めたー!」
「お兄ちゃん、起きたー!」
「にーちゃー」
 ベッドに群がる子ども達が目覚めた壱を出迎えた。
「おや、お目覚めですか」
 目を閉じているのか開いているのか判断に困る男性が、入ってくる。
「ここは……」
「孤児院ですよ。ここへ来られて、直ぐに気を失われて」
「今は何時ですか」
「お昼に近い時間です」
「半日くらい寝ていたようですね」
 トレイに乗せてきたマグカップを手に、壱へと差し出す。
「ありがとう」
 温かなミルクが満たされたカップを受け取り、両手で包み込む。
 一口飲んで視線を下に向ければ、ベッドの周りに居る子ども達がじっと見つめているのに気づく。
 その視線の先は、壱ではなくカップに向いていた。
「いけませんよ」
 男性が子どもをたしなめる。
 壱は周囲を見渡し、経営状態があまり芳しくないことに気づく。室内にあるのは最低限の調度品。子ども達が身につけている衣服も、少し時代遅れなデザインだ。
「お気になさらずにどうぞ」
 子ども達の内ひとりにあげたとしても、全員にはあげられない。
 そう考えて、壱はミルクを飲み干した。
 身体が暖かくなり眠気が襲ってくる。
 目をこすると、男性が優しく言葉を紡ぐ。
「もう少し眠られた方が良いと思います」
「ご迷惑では……」
「大丈夫です。滅多に人は訪ねては来ませんから。安心して眠って下さい」
「では、甘えさせていただこうかな」
 壱は身体を横たえると、怪我した身体を治そうと身体が睡眠を要求するのか、直ぐに瞼が重くなる。
「静かに」
 押さえた男性の声が聞こえるが、段々と遠くなっていく。
 豊かとは言えない孤児院をどうにかしてあげれば良いかと考えながら、壱は夢の中へと落ちていった。

+++

 ある晴れた空。
「お兄ちゃん、もう行っちゃうの?」
「もう少し居てよ」
「いちにぃ」
 子ども達は壱の腕にぶら下がり、行かせまいとする。
「一度ね、街に戻ってやらないといけないことがあるんだよ。直ぐに戻ってくるから」
 すっかり怪我も治って、手品の兄ちゃんとして馴染んだ頃、この孤児院をバックアップすることを考え、手続きの為に一度街へと戻らなければならなかった。
「お世話をかけます」
「いえ。こちらこそ、助けていただいて。なんとお礼を言ったらいいのか。せめて僕に出来るだけのことを、させていただきたいと思います」
 泣きそうになる子ども達の頭を撫でる。
(直ぐに戻ってくるから)
 壱は背を向けて歩き出す。
(自分が出来ること……)
 それは、手品師として名を売っている壱が、そのネームバリューを利用して、今まで招いてくれた人々や先日のパーティの主催者である女王、福祉関係に関しては援助することを義務だと思っている人々に目を向けて、他の孤児院にも援助が行くよう、手筈を整えること。
 壱自身は、世話になった孤児院の支援者に。
 ひとつだけ豊かになっても全体が豊かにならなければ、あの子達も喜ばないだろうから。

+++

 季節が過ぎ、仕事が空いた時にはまめに顔を出すようになった壱は、孤児院へと泊まりがけでやって来ていた。
 ごく普通の家庭の子ども達と同様の生活が送れるようになって、文化度があがったようだった。
 子ども達にとって映像は、孤児院の裏にある寂れた映画館でまわされるフィルム。
 集客が良くないらしく、修復も追いつかないようで、割れた窓から映画を覗き見ていた子ども達は、テレビが孤児院にやって来たときは、まさに一大衝撃だった。
 すっかりテレビに釘付けになった子ども達は、見たことのない世界に夢中だった。
「映画が実体化だってー! すげー! ピラミッドに財宝とか黄金都市とかもきっとあるんだ!」
「おうごんー!」
「え……?」
 突如銀幕市に現れた砂漠に挑んでいく人々を見て、冒険心が目覚めたらしい。
「いちにぃ……!」
「にーに…」
(ピラミッドとか、ミイラとか……動いてるし! 何より大きいよ!)
 心は広いが、手に収まるものは有限です。
 そう言いたい壱だが。
「ええええ〜!?」
「あれ、出してー?」
 きらんと目を輝かせる子ども達に、壱は掌からビー玉をひとつふたつと出現させていく。
 が。
「あれがいいー!」
「えぇ、これじゃダメ?」
「うん、ダメっ!」
(めいっぱいのダメだしですか……)
 思わず遠い目になる壱。
 かくかくと、子ども達に身体を揺すぶられ、「はい」と言うまで放しては貰えなかったのだった。

+++

 かくして、壱は銀幕市へ訪れることになる。
 主な理由が、子ども達のおねだりによるものが原因だとしても。
(ここにも怪盗が居るから気になっただけです。えぇ、そうです)
「銀幕市に着いたら、開けてみてねって、何なんでしょうね……」
 封筒からカードを取り出し、開いてみれば、「お願いリスト」とタイトルが付けられ、書かれているのは、子ども達からのリクエスト。
「え、えぇぇぇ!? ちょっ……それ、無理。だから、無理って言ったでしょう!」
 壱は携帯をぱくっと開いてコール。
 直ぐに応答して出た声に、壱はすぐさま、
「カード見たけど、無理だよ!」
『いちにぃなら、だいっじょーぶ!』
 携帯の向こうでは壱と会話しようと押し合いになってちょっと声が遠くなっている。
「うん、頑張ってみるよ」
『もう切っちゃう……の……』
「また、今度かけるからね」
 宥めて早々に通話を終える。
(通販アイテムで騙されてくれ……ないよねぇ……やっぱり)
 力強い声に押され、喜んでいいのか悲しむべきなのか、壱はがくりと頭を垂れる。
 銀幕市の青い空が、ちょっぴり恨めしい壱だった。

クリエイターコメント初めまして、竜城英理です。
第1話ということで、オファーありがとうございました。
色々と、弄らせていただきましたが、お気に召したら嬉しいです。
(本当にラストとか、かなり好きに書かせていただいたので、どきどきです)
ゲットしたお宝は街へと戻る際に、回収済みだと思います。

タイトルのトロンプ・ルイユというのは、騙し絵、トリックアートと言われる物です。
手品師という事で、ちょっとかけさせていただきました。
公開日時2008-01-11(金) 19:30
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